月日のうつろひ 2009. 7
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7月1日 (水)  ペルーギターの名手・笹久保伸氏を聴いて

数日前(6月27日)のことになりますが、
渋谷の小スペース「公園クラシックス」で開催された
笹久保伸氏の新作CD「ホセ・マリア・アルゲーダスに捧ぐ」の
発表記念リサイタルにお誘いいただき
久々の休日、胸を躍らせて聴きに行きました。

まず、聴き終わって全体の感想をひとことでいえば・・・、
「素晴らしすぎる」。

氏のリサイタルは昨年にも聴かせてもらったし、
もっと過去にも何度か直接そのギター芸術に
触れる機会がありましたが、
毎回聴くたびに着実に自己の世界を確立しており、
いったいどこまで進化していくのかが
文字どおり「末恐ろしい」、そういう感覚です。

新作の内容は、ペルーの人類学者・作家の故アルゲーダスが採譜した
アヤクーチョ地方を中心とする民謡を
笹久保氏が独自にギターにアレンジしたもの。
また、リサイタルの第2部には次作に収録されるという、
弦楽4重奏(ヴァイオリン2、ビオラ、チェロ)との
ギター協奏曲が初演されたという、
これまたぜいたくな内容のコンサートでした。

・・・さて、演奏そのものは本人はMC中で、
「本来のアンデスギターに東洋人としてのオリエンタル風味を
含ませている」と言っていましたが、
もともとアヤクーチョ民謡には「オリエンタル」な要素が
あったんじゃないかと思わせるくらい、
自然な世界が創られていたように思いました。

新作の協奏曲のほうは、おなじみの3楽章構成、
随所にペルー音楽の要素が入っていましたが、
同時にヴィラ・ロボス(ブラジルの近代クラシック作曲家)的な
旋律も感じました。
CD化されて聴くのも楽しみですが、
フル編成で生で聴けたのはとてもラッキーでした。

笹久保氏によるギターアレンジは、
その完璧すぎる技巧と音楽性もあいまって
格調高い、また時には華麗に響く、
きわめてギター的効果を感じさせるものでした。
民謡(歌)のフレーズやアルパなどの奏法など、
いわゆるアンデス的な「歌い回し」も
見事に一艇のギターで表現され尽くされていました。

特に外部からはなかなかその全貌がみえにくい
ペルーの伝統音楽を内側から究めていくという
いわば「求道者」のような地道な姿勢にも共感・感服します。
クラシックギター奏者としても日本の一流どころでいけるのに、
あえてペルー音楽をメインに選んだというのも、
商業音楽家ではない(なりえない)、
本物の芸術家としての道を歩みたかったのでしょう。

今回のリサイタルを聴いて、
日本の「フォルクローレ畑専門」のギタリストは
何人もの往年の先達がいるものの、
技術・音楽性そしてアーティストとしての「宇宙観」ともに、
誰一人笹久保氏の足もとにおよぶ人はいないことを、
あらためて確信しています。
単なる個人的意見ですが。

にもかかわらず、決してキャパも広くない会場でしたが
いつもどおりというか「フォルクローレ」関係の人が
ほとんど来ていなかったことは少し残念でもありました。
終演後、ペルー舞踊を専門とされている僕と同姓の
友人女性の方に久しぶりに会ってスペインバルで
終電まで音楽談義ができたのがせめてもの救いであり、
楽しい一時になりました。

しかしながら今井勇一氏(世界的ギター製作家)や
アリエル・アッセルボーンさん(ギタリスト)、
その他クラシックを中心とする異なるジャンルの錚々たる顔ぶれが
客席にちらほら(昨年は現代音楽の巨匠高橋悠治氏までおられた!)。
笹久保氏の音楽がもはや「日本のフォルクローレ界」などという
いわばアマチュア的な小次元をとっくに超えて、
日本の一般音楽界で広く評価されていくプロセスを
見ているようで、それは正直嬉しかったです。

最後に・・・、
実は彼にはじめて会ったのは日本ではなく、
リマ(ペルー)でした。
2004年3月に初めてペルーに長期留学にやってきた際に
偶然にもその数日前から僕が同じペンションに滞在していたのです。
到着して間もなく、治安が決して良くはないリマの旧市街などを
案内してあげた際に肩をすぼめて不安そうに歩いていた
あの「少年」の面影は、もはや完全に過去の思い出となりました。

今は、何年もの南米武者修行を経て立派な成長をとげた
「世界的ギタリスト」としてのさらなる飛躍を祈るのみです。


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