DIC談話室
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[532] 帰国まであと7日 投稿者:Ishino 投稿日:2005/10/04(Tue) 03:03  

ここ2、3日ラパスでは雨が多いです。もう乾期は終わってしまったかのようです。町中ではいちごを売っているのがよく見かけるようになりました。街路樹も青々と葉をつけはじめました。変わらないようで少しずつ変っているんですね。

週末は、チャケーニョの男性歌手のコンサートや、フラメンコのコンサートに行きました。フラメンコの方には、こちらで活動している日本人の宮原さんも伴奏で参加していました。
今週もいろいろなコンサートが目白押しなので、最後の最後まで楽しんでから帰ろうと思います。
ペルーのアルボラーダというグループを最近知ってお気に入りになってます。ボリビアでも割と人気があるようです。最近のノリだけのボリビアのグループより、メロディ・ラインやリズムが日本人向けだと思います。機会があれば、是非きいて見てください。

motokoさん>
お久しぶりですね。今回も結局チリには行けずじまいになりそうです。
チリのクエッカはボリビアのものと比べると踊り方がずいぶん違うという印象を受けました。でもハンカチを振って踊るのは共通していました。起源を溯って考えると面白いと思いました。



[531] チリ国立民族舞踊団 投稿者: 投稿日:2005/10/01(Sat) 13:27  

そういえばチリの新聞にも載っていました。9月18日はチリの独立記念日で、チリ大学の民族舞踊団Antumapuを見に行ったのですが、アルゼンチンから舞踊グループが招待されていて、チャカレラ、タンゴなどを踊っていました。やはり一部に両グループ混ざってのクエカがありました。クエカはいろんな国で踊られますからね。


[530] あと10日で帰国します 投稿者:Ishino 投稿日:2005/10/01(Sat) 02:07  

もちさん>
>その代わりにあのままの紙ジャケにしてほしいですね(←ありえない)!
最近はディスコランディアもエコロジーとかで紙ジャケを使うことが多くなってますので、あるいはレコードのジャケットをそのまま縮小して使うかもしれませんよ。

>チリ国立民族舞踊団って来日したときに見にいったことあります。
来日するという話を以前聞いたことがありますが、もう終わっていたのですね。
私が見た中で驚いたのはガラスのコップの上に飛び乗る踊りです。よく割れたりしないなーと感心しました。



[529] iNTi Bolivia 投稿者:もち 投稿日:2005/09/29(Thu) 21:28  

もし歌詞カードつかないんなら、その代わりにあのままの紙ジャケにしてほしいですね(←ありえない)!
私にとってあれはジャケットも一体の完成されたアルバムなのです。
歌詞カードも、ジャケ裏と同様にちぎった紙の上に手書きで書いてあるスタイルがいいな!(←ますますあありえない)

チリ国立民族舞踊団って来日したときに見にいったことあります。
観客はおばちゃんばかりでした。



[528] チリ国立民族舞踊団 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/29(Thu) 03:50  

昨日(27日)はテアトロでバレット・フォクルロリコ・チリのコンサートがありました。前座がバレット・フォルクロリコ・ナシオナル・デ・ボリビアという贅沢なステージで、全曲生演奏でした。マプーチェやラパヌイの伝統的な踊りや、モダン・ダンスっぽいものから、チリのクエッカまで、迫力のあるダンスのオンパレードでした。最後はボリビアとチリの二つの国立舞踊団が交わってのクエッカで最高に贅沢なステージでした。これほどのものは二度と見られないのではないかと思います。以前は注意されたものですが、最近はテアトロでビデオを撮っている人が増えてまして、注意されることもないようです。もちろん私もばっちり撮影しました。

もちさん>
もしかしたら2年くらいかかるかもしれませんが、辛抱強く待ちましょう。サウルに「歌詞はつくのか?」と聞いたら、「つかない」と言われました。どうせなら歌詞カードもつけて欲しいです。



[527] インティボリビア!!! 投稿者:もち 投稿日:2005/09/29(Thu) 01:16  

おおおっ!!
ついに来ましたか、その日が!

……う〜ん(しみじみ)。

感慨無量でこれ以上言葉が出ません。


[526] 昨日は 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/28(Wed) 01:35  

久しぶりにサウルと会って話しました。道端でマヌエル・モンロイにも会いました。
2年近くかかったサウルの新作ソロCDがいよいよ来週完成だそうです。私の帰国までに手に入りそうです。写真がちょっと笑ってしまいそうなポーズです。初めてSOBODAYCOMのオフィスに行きました。入り口に役員の名前が掲げてあったのですが、ポトシ支部代表がロムロ・フローレスでした。サウルがSOBODAYCOMから得た著作権料は3年間でたったの200Bsだそうです。むちゃくちゃ少ないです。それと、あの名盤インティ・ボリビアがCDで再販されるらしいです。いつになるかわかりませんが、復刻の折りには是非皆さんお買い求めください。

みーとーさん>
ご心配ありがとうございます。まだまだこの後何があるかわかりませんので、最後まで気はゆるめられません。


[525] あとすこし 投稿者:みーとー 投稿日:2005/09/27(Tue) 13:33  

Ishinoさん
あと少しで帰国ですね。
今回は被害も無い様子なので、良かったですね。
しかしあと少しが気のゆるむ時です気をつけて下さい。
CB-B2のドル札は偽物でなければ日本に戻ってから変えられます。
お持ちの方はご心配なく。
日本に戻ってからは体重に注意です。



[524] 週末レポ 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/27(Tue) 01:39  

帰国の日も近づいてきたので、少しずつお土産を買ったりしているのですが、お土産用に買ったシンガニを、我慢できずにあけてしまいました。ジンジャエールとライムも買って、毎晩晩酌しています。さて、週末の報告です。

24日(土)の朝9時にサンフランシスコ寺院の前を歩いていたら、ちょうど寺院の博物館があいたところなので、ふらっと入ってみました。いつも前を歩いているけど、博物館に入ったのは初めてで、教会の中の歴史的な部屋や絵画を見ることができました。何よりもよかったのは釣鐘堂に昇れたことです。昔ながらの暗くて狭い階段を昇っていって(横からミイラが飛び出して来そうな雰囲気でした。)、教会の屋根の上を歩いていくのでスリルがありました。寺院の屋上から眺めるラパスの町並みはいつも見ている景色とちょっと違って、新たな感動がありました。
夜はテアトロでタンゴとクエッカのコンサートに行きました。あまり期待していなかったのですが、予想以上に良かったです。途中でエステル・マリソルとウィルソン・モリーナのドュオの演奏も聴けました。夫婦で歌が上手ってのはうらやましい限りです。
同じ宿に泊まっている日本人が、ペーニャに行きたがっていたので、コンサートのあと二人でペーニャ・ペニータにボナンサを見に行きました。またいつものごとく、前のテーブルに座っていた地元の男性3人と仲良くなって、ビールをごちそうになったり、一緒に踊りまくったりして、ヘロヘロになって帰ってきました。おかげでボナンサの演奏はよく覚えていません。ギタリストがカルカスに移ってしまったので心配していたのですが、代わりに入ったギタリストも似たようなタイプで安心しました。それよりも、チャランゴのイベール・ダビラもいなくて、他の若手チャランギスタだったのがショックでした。イベールはグループから抜けてしまったのでしょうか?

25日(日)
久しぶりのラパスでの日曜日なので、午前中はムリリョ広場に行き、楽隊の演奏を聴きました(毎週日曜の11時から1時間演奏があります)。そのあと町をぶらついていたら、マリア像をかついだ一団が行進していたので、コロン通りにある教会までついていきました。午後は天気が良かったので、カメラを持って町中の写真やイリマニの写真を撮りました。2年前に住んでいた時と、今とでは行動範囲が若干違っているので、毎日新たな発見があります。



[523] ヤロ・クエリャル コンサート 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/25(Sun) 04:49  

昨日、ホテル・トリノでヤロ・クエリャルのコンサートがありました。オルーロにいたとき、町中に張り紙があり、オルーロでも21日にコンサートがあったのですが、これを見に行くにはオルーロでの滞在を2日延ばさないといけないので、「オルーロまできたら、きっとラパスでもやるだろう」と思って帰ってきました。その読みがあたりました。入場料は25Bs(約400円)とテアトロよりやや高めでした。ビデオを撮っていたら、1部の終わり近くになって、許可なくビデオは撮ってはダメといわれてしまいました。1部が終わってCDを売りに来たので、自分の持っていないCDがあったので買いました。たまたま自分の席のすぐ側がヤロの控え室の入り口で、たまたまサインペンを持っていたので、買ったばかりのCDにサインしてもらいました。そのついでに、「ビデオ撮ってもいい?」とダメもとで直談判したところ、最初はダメと言ったのですが、すぐに「いいよ」と言ってくれました。なんで急に気が変ったのかわかりません。もしかしたらここ2週間ほどひげを伸ばしているので、ひげ仲間として親近感を持ったからかもしれません(そんなわけないか)。おかげで2部は全部ビデオに撮ることができました。スクレでは30分ほどしか聴けなかったのですが、今回は1部2部あわせて2時間半にも及ぶステージで、夜中の2時に終わりました。このホテルに泊まっている人はうるさくて眠れなかったでしょう。


[522] 補足 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/24(Sat) 01:51  

危機一髪
下の投稿をした直後、ネットカフェ室内の電源がすべて落ちました。投稿するのがあと1分遅かったら書いた文章が全部消えてしまうところでした。まったくボリビアはいつどこでなにが起こるかわかりません。

ボリビアン・ダイエット
いつもボリビアにくると体重が減ります。食事はふつうにとっているのですが、運動量が日本にいるときより多いからでしょう。この2ヶ月でベルトの穴2つ分やせました。坂を登っていても体が軽いです。ただ、最近爪が割れやすくなりました。爪を伸ばすとすぐに折れてしまうので、今は爪を切ってしまって、チャランゴがうまく弾けません。あとこのダイエットの欠点は日本に帰った後にリバンドしてしまうことです。

まうさん>
そのCDを聞いたとき、メインボーカルの声に聞き覚えがあって、確かにルイス・アルマンドの声だったと思ったのですが、そこまでいわれてしまうとだんだん自信がなくなってきます。






[521] ルイス 投稿者:まう 投稿日:2005/09/24(Sat) 01:21  

彼は音楽スタジオも持ってるので録音スタッフの可能性も、、、。



[520] HIRU HICHOコンサート 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/24(Sat) 00:50  

昨日(22日)はテアトロ・ムニシパルでイル・イチョのコンサートがありました。カセット時代から割と好きで聞いていて、以前もカサ・デ・ラ・クルトゥーラでのコンサートは聴きに行ったのですが、結成21年にしてついにテアトロでコンサートができるまでになったんだなと感慨深く思いつつ行ってきました。いつものように2時半からチケットを買いに並んだのですが、自分の後ろに結構人が並んできて、「意外と人気があるんだなー」と思っていたら、ほとんどが26日にあるバレット・フォルクロリコ・チリのコンサート(招待客のみ)の招待状を持った人が良い席をとろうとならんでいただけでした。なんとイル・イチョのコンサート自体はあまりに人が少ないため、3階4階席は閉鎖して、1階席のみでした。自分の3階席のチケットも振り替えになったので、値段的には得をしたんですが、わざわざ早くから並んだ意味がなくなってしまいました。
演奏自体は悪くなかったのですが、最近のグループの傾向といいますか、モレナーダばかりでした。これは演奏する側でなく、聴く側がノリの良い踊れる曲ばかりを要求するようになっているからでしょう。今回のボリビア滞在で思っていることは、いまはここ10年の中では一番のフォルクローレ・ブームではないかということです。新しいペーニャも増えてますし、何よりもグループの数が激増しています。今までもそれだけの数のグループがいたのかもしれませんが、少なくともメディアに出てくる機会は格段に増えていると思います。しかし、そのブーム(大衆が求めているもの)がのりよく踊れるというニーズが前提になっているようで、自分としてはその風潮をあまり喜ばしく思っていません。でもこの流れでこの先も進むのでしょうね。もしプント・ナスカがモレナーダばっかりやったらどうしよう・・・・。

Sexteto Vientoの謎
ゆなさん>
確かにリンク先の6人の名前の中にいませんね。でもそのペーニャで音楽がかかっていたとき、CDのジャケットを見せてもらったらルイス・グティエレスの名前がメンバーでクレジットされていたのです。あるいはよくあるレコーディングだけの参加なのかもしれませんが、CD自体も悪くなかったのでぜひ探しだそうと思っています。

ロコトさん>
そんなわけでして、アイラは継続して存続していると思うのですが、それとは別にグループをつくったのかと思ったのです。アイラもお気に入りのグループです。私はヌエバス・ライセス以来ずっとルイス・アルマンドのファンなのです。



[519] grupo Ayra 投稿者:ロコト 投稿日:2005/09/23(Fri) 13:23  

ルイス・アルマンド・グィテレス・マルカが率いているとすれば、
グルーポ・アイラじゃないの?

http://www.ayra.org/historia.htm


[518] Sexteto Viento 投稿者:ゆな 投稿日:2005/09/23(Fri) 04:52  

意欲を削ぐようで申し訳ないのですが、そのグループって、ルイス・グティエレスとは関係ないオルーロのグループではないでしょうか…?
http://www.lapatriaenlinea.com/index.php?option=com_content&task=view&id=3642&Itemid=55


[517] そんなわけで 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/23(Fri) 00:16  

19日(月)後半
昼食は「歩き方」に載っていたプラザに面した中華料理屋に行こうと思ったのですが、どうや店をたたんでしまったようです。かわりに近くにジャッキー・チェンという中華料理屋があったので、そこでラーメンを食べました。午後一番でホセ・ハッチャ・フローレスの銅像を見に行きました。2003年に来たときはまだなく、今回鉄道の中で見たリャフタイマンタのプロモーションビデオに映っていて、ホテルのフロントでどこにあるか聞いて行ってきました。場所はバス・ターミナルから6de agostoに出たところにありました。2004年の9月くらいにできたようです。

そのあと以前行った考古博物館(動物園の隣にある)に行きましたが、前とまったく同じだったのでざっとみて出てきてしまいました。そのあと2個所ほど現地のガイドマップに載っていた博物館に行ってみましたが、閉まっていたり、なくなっていたりして成果はありませんでした。
これでオルーロに来た目的のほとんどが果たせたのですが、まだ一番の目的が達成できていませんでした。それは、ルイス・アルマンド・グィテレス(元ヌエバス・ライセス)の新しいグループ「SEXTETO VIENTO」のCDを買うことです。以前オルーロに来たときに、ペーニャでかかっていてその存在を知り、その後ラパスのCD屋を探し回ってもまったく見つからず、アイニ・レコードから出ているので、オルーロにくれば見つかるだろうと思って数少ないCD屋をめぐったり、メルカードのCDを扱っているところを虱潰しにあたったのですが、どこも置いていませんでした。店の人に聞くと、そのグループは知っているらしいのですが、よっぽど作成枚数が少ないのか、見つけられません。そんなことで町中をさまよっていると、偶然、7月のエンクエントロ・デ・チャランゴの世話人だったルイスという人とばったり出会いました。自分のフルネームを覚えていてくれたのは驚きました。そこで、その人にCDを探しているというと、とある店に連れていってくれました。そこは、昔のレコードを300枚くらい持っていて、頼めばカセットやCDにダビングしてくれる店で、もちろん新しいCDも扱っている店でした。そこで「SEXTETO VIENTO」はあるかと聞くと、「あるよ」と答えたではないですか。でもなぜかレコードの棚を探している。そして出てきたのは「SEXTETO TIEMPO」(1985年DISCOS HERRIBA)でした。がっくり。明日の昼までに取り寄せてくれるというので、たぶん口だけだろうなと思って期待せずに、一応頼んではおきましたが、結局ダメでした。どうでもよいグループのCDは町に氾濫しているのに、自分が欲しいのに限ってどうして見つからないんでしょうね。なんとか帰国までにラパスで見つけようとは思っているのですが、難しそうです。

写真
オルーロ駅と載ってきた鉄道
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滞在したホテルのレストランにあったアルマジロ
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鉱物博物館のイクチオステガの化石
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ホセ・ハッチャ・フローレス像
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もう一枚
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yoditoさん>
サンタクルスにもライオンがいたんですね。しかし逃げたとなると大変です。もう見つかったのでしょうか?
なぜ「エントラーダ」というのかわかりませんが、こちらでは皆そう言っています。。「パレード」というとなんか意味が違ってくるし、日本語にするのが難しいのでそのまま使っています。オルーロでは日・月とも町中でエントラーダの一団を見かけました。お祭りでなくてもなんだかんだでパレードをしたがるのでしょうね。




[516] ライオン 投稿者:yodito 投稿日:2005/09/22(Thu) 13:10  

 昨日ニュースを見てたら、サンタ・クルスでライオンが逃げたとか、、。
エントラーダって「入り口」のような意味かと思ってましたが、行事のようですね。
そういえばなにか意味不明のパレード見たことあったような。


[515] 学生の日 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/22(Thu) 03:21  

今日はプラドで学生(中・高生)のエントラーダがありました。今日はDIA DE ESTUDIANTE(学生の日)だそうです。今日から新学期ということらしいです。
昨日泊まったホテルは、部屋の条件は良かったのですが、如何せんサンタクスルは交通量が多くて車の音がうるさく、また夜中も人の出入りが多くてうるさかったので、今日の昼に以前滞在していた宿に移りました。

偽札騒動
以前、CBではじまりB2で終わる番号のお札が使えないと書きましたが、どうやら、この番号の偽札がでまわっているため、ボリビア国内では、本物・偽物にかかわらず、CB-B2のお札は一切使用ができないようになってしまったらしいです。私はこれをラパスのATMでつかまされたので、さっそく、このお札を持って、それを受け取った銀行に行って、取り替えてもらうように言いました。引き出したときのレシートをとっておいたので、事情を話すと、係員がルーペを使ってにせ札かどうか判断して、どうやら本物だったようで、無事、別の100ドル札と取り替えてもらうことができました。一件落着です。でも、レシートがなかったり、もし本当ににせ札だったら、はたして無事に取り替えてもらえたかわからないと思うとぞっとします。こんなことにならないためにも、お金を下ろすときは銀行の前のATMで、レシートはちゃんととっておいて、お金を引き出したときに番号を確認しないといけないです。

18日(オルーロ1日目)の回想
電車の中ではほとんど眠れなかったので、午前中はホテルで睡眠をとり、午後は今朝みた景色をもう一度みたくて、ミクロを乗り継いでウル・ウル湖に行きました。往復で3時間くらい歩きました。湖にいくと確かにフラミンゴや水鳥がたくさんいるのですが、乾期で干潟になった湖岸には、大量のごみの山。せっかくの自然環境が台無しでした。湖を見に行くなら、雨期の方がよいでしょう。カルナバルでオルーロを訪れた人は、余裕があったら、行ってみると良いと思います。

19日(月)前半
日曜日は市内の博物館が休みなので、この日にいろいろ廻ってきました。

シモン・パティーニョの家
カサ・デ・ラ・クルトゥーラにもなっている、大富豪の邸宅。朝一番で行ったらまだしまっていて、受付に行って開けてもらう。ここはガイドが一緒じゃないと見物できないので、自分ひとりにおじさんのガイドがついてくれた。このおじさん、「触ってはいけません」とあるものも説明しながら、ポンポンさわって、しまいには足でたたいたり、やりたい放題やって、見ているこっちがヒヤヒヤでした。さすがに世界に2,3台しかないというストラディバリウスのチェロはガラス・ケースに入っていて、おじさんも触れないようでした。

鉱物博物館
オルーロ工科大学の中にある博物館で、2003年に行ったときは年末で閉館していました。今回再度チャレンジしてようやく入ることができました。ここはすごい数の鉱物が展示してあり、名前が書いてあってもスペイン語でちんぷんかんぷんでした。かろうじて、元素記号からおおよその見当をつけることができました。まさかこんなところで、高校時代に覚えた元素の周期表の知識が役に立つとは思いませんでした。鉱物以外にも、アンモナイトなどの化石もあり、中でもイクチオサウリオ(イクチオステガ)の完全体の化石は見ごたえがありました。

動物園
ボリビアで唯一のライオンがいる動物園ですが、前に来たときは見たのですが、その後死んだという噂を耳にして、その真相を知るために行って来ました。確かにライオンはいませんでしたが、動物園の人に聞いたら、なんだかの理由で見ることはできないけど、死んではいないとのことでした。はたして真相は・・・?

後半につづく・・・


[514] ラパスに戻りました 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/21(Wed) 08:47  

オルーロに2泊して、今日(20日)の夕方、20日ぶりに心の故郷ラパスに戻ってきました。
ラパスは相変わらず人が多く、車の排気ガスがすごくて空気が悪いです。
宿は前とは別の、魔のサンタクルス通りにあるホテルにしましたが、様子をみて、悪かったらまた前のホテルに戻るかもしれません。
これから、帰国までの20日間、ここに腰を据えて、コンサートやペーニャに行きまくりたいと思います。

オルーロでは、以前インストールした日本語IMEがデリートされてしまっていて、再インストールができなかったので、書き込みができませんでした。遅くなりましたが、これまでのレポートを書きます。

ウユニ〜オルーロ
スクレからウユニ・ツアーまでずっと一緒だった、N田さんと別れて、一人で鉄道駅へ。電車はほぼ時間どおり来て、時間どおり出発しました。ボリビアとしては優秀です。電車が来たのでバックパックを持ち上げようとして、片方の肩ひもだけをもって持ち上げたら、重過ぎたのか長さを調節するプラスチックの部品が壊れてしまいました。30キロもなかったのですが・・・。とりあえず紐を縛って応急処置。大きな荷物は預けなくてもよさそうなのですが、一応預けることにしました。車両に乗り込んで自分の席にいくと、また子どもが座っていたので、そこが自分の席だと言って、横にいた母親にどかすように言ったのですが、母親が頑としてどかそうとしません。こっちは景色のよい側の席をわざわざ早めに行ってとったので、そう簡単にあきらめるわけにはいきません。乗務員を呼んでどいてもらうように言ったのですが、母親はあいかわらずどかず、乗務員もあきらめて、自分にかわりにその母親の席にすわるように言います。ここで気がついたのですが、自分は景色の良い(ウユニ塩湖が見れる)左側の席をとったつもりだったのに、実際には右側の席でした。変わりの席が左側だったので、結果オーライと母親の席にすわることにしました。座ってからわかったのですが、座席のリクライニングが壊れていて倒せないようになっていました。それで意地でも席を変わらなかったのかと納得。自分の席が壊れているから、人の席にすわって、人を壊れた席に座らせるずうずうしさ、自分勝手さは、いかにもボリビアーノです。これと車内のいびきがうるさくて眠れなかった他は、快適な鉄道の旅でした。暖房もきいているし、枕と毛布も貸してくれて、コーヒーとサンドイッチのサービスもありました。さすが一番良いクラスだけあります。この日はちょうど満月(日本で言うは中秋の名月)で、ウユニ塩湖は見えないのですが、そのあたりが満月の光をうけてぼうっと白く光っていました。
朝6時にはオルーロ近くのウルウル湖を通るのですが、線路の両側が湖で、朝の光のなか、湖の中を走る鉄道は、まるで「千と千尋」の世界でした。湖にはフラミンゴもたくさんいて、最高のロケーションでした。オルーロの駅について、プラサの方へ歩いていくと、ホテル・スークレという宿があり、高かったですが(1泊10ドル弱)、場所も便利なのでここに滞在することにしました。
長くなるので、オルーロ編はまた後日。


[513] ウユニより(補足) 投稿者:Ishino 投稿日:2005/09/18(Sun) 10:59  

鉄道の発車までまだ時間があるので、ウユニの写真を4枚ほどアップしました。
http://photos.yahoo.co.jp/bc/dic_shiryoukan/vwp?.dir=/Ishino&.src=ph&.dnm=P9170338.jpg&.view=t&.done=http%3a//photos.yahoo.co.jp/bc/dic_shiryoukan/lst%3f%26.dir=/Ishino%26.src=ph%26.view=t

ちなみに鉄道はパスポートを見せて切符を買うので、持っていない場合どうなるのかわかりません。



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